「シンクロの母」井村雅代氏が伝える厳しさの裏に隠された育成術【前編】

1978年からシンクロナイズドスイミング日本代表コーチに就任し、6大会連続でメダルを獲得。2008年、12年に中国代表を率いるなど世界でも活躍した井村雅代氏。東京五輪後に勇退するまで、厳しい育成方法で世界的競技者を数多く育てた「シンクロの母」として世界的に評価されている。世界の第一線でトップレベルのチームを作り上げ結果を出し続けてきた日本が誇る名将、井村氏が日本のスポーツ界へ未来と、北京五輪・ドーピング問題に迫る。(全2部構成の前編#02で後編に続く)

【目次】

  • 1日のトレーニングルーティン

  • シンクロとの出会い

  • キャリアで最も大きな障壁とは

  • 障壁の乗り越え方

  • 選手との関係性ついて

  • 過去最も感動した事とは

  • 北京オリンピック・歪められた価値観

  • 日本に必要な強化体制とは

井村雅代(いむら・まさよ)

大阪府生まれ。小学3年で大阪・堺市の浜寺水練学校に入門し、中学生でシンクロを始める。天理大卒業後、中学の教師をしながらシンクロの指導に携わり、78年から日本代表コーチ。84年ロサンゼルス五輪から6大会連続でメダルに導く。06年中国代表コーチ就任。08年北京、12年ロンドン五輪でメダルをもたらす。14年2月に日本代表コーチ、15年からヘッドコーチに復帰。昨年リオデジャネイロ五輪ではデュエットで2大会、チームで3大会ぶりのメダルに導き、東京五輪で勇退。

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